こんにちは。ひびうた文庫管理人の、アイマ イモコです。
緊急事態宣言の効力が5月末まで延長になった。
これまでの日常の再開を心待ちにしていた人は、落胆を味わったかもしれない。いつ果てるとも知れない窮屈な生活に、不安な気持ちを抱いている人も少なくないだろう。
しかし、どんな物事にも終わりは来る。
今私たちにできることは、自他の感染を防ぐ十分な注意をしたうえで、この不自由な生活の終わりが来る日を、希望とユーモアを捨てずに待つことではないか。
毎朝聴いているラジオで最近さかんに言われていることがある。それは、「新型コロナウィルス騒動が終わったからと言って、以前の日常がそのまま帰ってくるとは思わないほうがよい」ということだ。
感染予防のための営業自粛が長引くうちに、そのまま閉店に追い込まれる店などもないとは言えない。また、会合の自粛などで疎遠になってしまい、二度と会えなくなる友もいるかもしれない。
この騒動で、いままで自分の居場所と言える場所を持っていた人でも、新たに居場所を探さざるを得ない状況に陥る可能性があるのだ。
ゼロから足場をつくっていくということは、誰にとっても心細いことだと思う。どちらを向いて歩いていけばいいかすら、わからなくなる人もいるに違いない。
そこで、今回は「居場所を探す人たちの本」を紹介したいと思う。
下記で紹介する本の主人公たちは、今いる場所での不遇に苦しみながら、自らの居場所を探し続けている。
暗闇の中を歩いているときに最も安心できるのは、誰かが隣で同じように歩いていてくれるのだと信じられることだろう。
これらの本が、あなたの居場所を探す旅の、よき友になってくれたら幸いである。
①『ダブリナーズ』 ジェイムズ・ジョイス著/ 柳瀬尚紀 訳 新潮文庫
ダブリンはアイルランドの首都。アイルランドの人口の約三分の一が集中すると言われる、ヨーロッパ有数の大都市である。本書は、20世紀初頭のこの町に暮らす人々の姿が、『ユリシーズ』等によって知られる世界的な作家、ジェイムズ・ジョイスによって描かれている。
大都会のど真ん中での生活を聞いたら、華やかな様子を思い浮かべるかもしれないが、本書で描かれているのは、都会の中にどうしても自分の身の置き場を見つけられない、うらぶれた人々の姿である。家庭問題のため結婚をあきらめる若い娘や、飲んだくれの父親と暮らす子供、詩人にあこがれていても日常に追われて詩情にひたれない男など、登場人物の後姿は、どこかうつむき加減で寂しげだ。都会の中で、身をひそめるように過ごしている人々の中には、彼らの苦しみがわが身のことのようによく感じられる人もいるだろう。
しかし、彼らは弱さと同時に、それでも生きていくしたたかさを兼ね備えている。少しくらい、ズルをしたり、ずうずうしくたって構わないのだ。人でひしめく中に、負けても転んでもなんとか自分の居場所をみつけようとする人々の姿に、勇気をもらえる一冊。 短編集のため、一つの物語が短くて読みやすいのもよい。
②『人間失格』 太宰治 著 新潮文庫
太宰の生涯は、居場所を探し続けた一生だったと思う。
本書では、幼少期から自分と周囲との間に違和感を感じ続け、人とのあたたかい関係を得ようとしては失敗していく彼の前半生が、自伝的に描かれている。
主人公は他人の感覚や言動の理由が理解できないことに苦しみ、周囲に溶け込むために道化を演じるのだが、自分の虚偽性に更に苦しむこととなり、酒や薬に救いを求めるようになる。どこにも居場所を見つけられない焦りと欠乏感が、全編を通してひりひり感じられる。
太宰は6回以上自殺未遂をして、最後には玉川上水に身を投げて死んでしまうが、彼は死にたくて死んだのではないのではないかと思う。私はむしろ、彼は、なんとか良く生きたいのだけれどその方法がどうしても見つけられず、試行錯誤の繰り返しの末きりきり舞いすることに疲れて死んでいったのではないかと感じる。
小説としても、一回読んだら忘れられない名文句の連続で、ひきこまれずにはいられない。
③『楽園への道』 バルガス=リョサ著/田村さと子 訳 河出書房新社
ポール・ゴーギャンは、ポスト印象主義の著名な画家だが、彼の祖母が、社会主義者の祖とも言われる女性運動家であったことは、あまり知られていない。本書は、ゴーギャンとその祖母、フローラ・トリスタンという、「楽園」を探し求めて苦闘する二人の人生を描いている。
横暴な夫から逃れ、ペルーに渡ることで、資本家と男性に支配されたいびつなフランス社会の有様を思い知り、帰国後は労働者の団結のためにフランス中をかけまわり、社会運動に生涯をささげたフローラ。
また、フランス絵画の主流にNOを唱え、独自の表現を模索するためにポン・タヴェンやアルルを旅し、最後には南洋の島・タヒチにその理想の美を見出したポール。
二人の共通点は、もといた場所に自分の居場所を見いだせなかったこと、そして、そのことにただ落胆するのではなく、自分の理想とする世界を実現しようと奮闘することである。結果だけ見たら、二人の人生は、必ずしもうまくいったとは言えない。しかし、彼らの戦いは一部の人の心を動かし、後に続くものたちを生み出した。そして、彼らの人生が終わった遥か後になって、確かに世界を変える事になったのである。
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