気持ちだけでも旅に出る本

こんにちは。ひびうた文庫担当の、アイマ イモコです。

 

2020年5月22日現在、首都圏の1都3県及び北海道を除いた地域で、緊急事態宣言が解除された。

なんとなくホッとした気持ちにはなったが、よく考えると、実際の生活がすぐに変わるわけではない。

私の最大の居場所である図書館や美術館などの文化施設も、開館はしているが、入場方法には制限があり、長期滞在も控えたほうが望ましいとされている。

休業している小売店も、即座に営業再開できるところばかりではなさそうだ。

何より、県境をまたいだ移動を控えることが推奨されているため、他県の友人に会ったり、好きな場所に行ったりすることは、まだ当分待たなければならない。

というわけで、公的な外出自粛が明けても、私には特に行くところもない。全面営業再開した大手ショッピングモールへ夏物の洋服を買いに行くくらいが関の山だろう。

 

普段各別行ってみたいところもない私のようなものは特にどうということもないが、旅行好きの人にとっては、このコロナウィルス禍における移動の制限は強いストレスを伴うようだ。

年1回は海外旅行に行かなければ気が済まない知人などは、目に見えてしゅんとしてしまっていた。

誰にとっても、2020年の1年というものは1回しか巡ってこないので、「今行けなくても、コロナ禍が終息したらまた行けるさ」という慰めは言えない。数年後のその場所は、彼女が「今」行ってみたいその場所とは違うものになってしまっているだろうから。

それでも、「旅をする気持ち」だけは、どこにいても持ち続けていられるものだと思いたい。それは、今ここではない、遠くの場所へ心を飛ばす気持ち、未知の何かに憧れる気持ちだと思う。

実際にその場を訪れる事には遥か及ばないが、ある種の本は、まだ見ぬ地への憧れをほのかに満たしてくれる力を持っている。地球上に自分の生活圏とはまったく異なる環境があるということを知るため、また、いつかその地を訪れる前の心の予習として、今は想像上の旅に出ることをお勧めしたい。下記の本が、あなたの心の地図を広げるための羅針盤となってくれたら幸いである。

 

①『TRANSIT  第38号  ベトナム 懐かしくて新しい国へ』 講談社MOOK

何より写真が美しいのだ。表紙の、河辺から見た対岸の家屋の連なり、その黄色い壁を見ただけで、異国の空気を吸い込んだような気分になる。

TRANSITは、飲食店と観光地の情報でほとんど埋め尽くされた旅行誌とは一線を画する雑誌だ。

本誌では、商業的な情報よりも、その土地の姿そのもの、そのまま人々の暮らしにスポットライトが当てられている。美麗な写真と、一流の文筆家によるエッセイによって、観光客向けではない、普段着のその国の一面が捉えられている。ただツアーで観光地を廻って満足するのではなく、その土地の暮らしの空気を吸収したいと願って旅する人には、最適の雑誌であると思う。また、歴史や経済事情についても記載されており、これ一冊読めばおおまかにベトナムという国のことがわかるのも魅力的だ。

ひびうた文庫には、『TRANSIT 第45号 麗しきロンドン』もございます。こちらもぜひ。

 

②『イギリスはおいしい』 林望 著 文春文庫

とは言え、「食」は旅するうえで最も人を魅了するコンテンツのひとつであろう。食物は、ただでさえ人の心を躍らせるものだし、食べるものには土地の風習の違いが強く表れることが多い。

食べ物がおいしいといわれる国は多々あるが、食べ物がまずいことで有名になっている国が英国である。

 本書はまず『イギリスはおいしい』というそのタイトルで人の目を引き付ける。飯マズ大国であるはずのイギリスがおいしいとは、これいかに? 知られざるイギリスのいいお店でも教えてもらえるのだろうか。

そんな読者の期待は、初っ端から裏切られる。著者曰く、イギリスの料理がまずいことは、認めざるを得ないのだそうだ。何故イギリスの料理がまずくなってしまうのか、著者が現地で出会った実際の食の場面を振り返りながら、微に入り細を穿って考察されている。紹介されるまずい飯の描写は、まさに抱腹絶倒である。

思うに、食物は可能な限りおいしいことが望ましい。しかるに、食物がおいしいとき、程度の差こそあれ、それは想像の範囲内である。しかし、まずい食物というものは、期待を裏切り、想像力の閾値を軽々と超えてくる。それだけに、まずい食物との出会いというものは忘れがたい経験であり、時折おいしい記憶よりも強烈に思い出され、話のタネになることができるのだろう。

読者としては、これだけけったいな食事が本当に出てくるのか、確かめるためだけにもイギリスに行ってみたくなる。欠点でもっても人を惹きつけるイギリスは、やはり「おいしい」国だ。

 

③『旅をする木』 星野道夫 著 文春文庫

上記で、「旅をする気持ち」というものは、未知の何かに憧れる気持ちだと書いた。その異郷への憧れの心が最もよく表れている本のなかの一つが、本書だと思う。

本書の著者である星野道夫氏は、大学時代に一冊の本を読んだことにより、「熱病に浮かされたかのように」アラスカという土地にとりつかれ、数年後には実際にアラスカに渡ってしまう。大学の野生動物学部の学生として土地とそこに生きる生物の姿を見つめ、その後はカメラマンとして、アラスカの自然の輝きをカメラにおさめてきた。そしてついには、生涯のほとんどをその地で過ごすことになる。星野とアラスカの出会いこそ、幸運な出会いというものだろう。

星野は、写真と共に、その文章でも、季節ごとに変化するアラスカという土地の魅力を存分に伝えてくれている。彼の文章を読むことにより、読者はアラスカの清涼な風や雪原の輝き、オオカミの足跡を見つけたときの感動を追体験することができる。それと共に、星野がアラスカに対して抱いている痛切な憧れの気持ちと、そこに生きることのできる喜びをも、彼と共に味わうことが可能だと感じさせられる。

この世界のどこかに、確かに自分の居場所だと感じられる場所を持っていることは、誰にでも訪れるわけではない幸福のひとつである。もし今までそのような場所に出会っていないなら、遠くまで探しに行くのも無意味なことではない。本書は、そのような勇気を読む者に与えてくれる。

 

※上記で紹介した本は、すべて居場所宅配サービスにおいて、郵送にて貸出可能です。ぜひご利用ください。