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新年度を迎えて思うこと(村田)

子供のころから、「今、ここ」に立っていられないと思うことが多かった。

 

私が小中学生だった1990年代は、暗い時代だった。

神戸で地震が起こって、たくさんの人が亡くなったにも関わらず、たった二か月後には宗教団体が毒薬で多くの人を殺していた。

景気は悪く、倒産と解雇が相次いでいた。仕事がなくなったサラリーマンは自殺していた。仕事に就いていたサラリーマンは、働きすぎで死んでいた。

お金が無くなった企業は、働く人を厳しく選ぶようになった。

能力がないとみなされた人は、容赦なくそれまでの居場所から追放された。残った人も気が抜けなかった。企業の中で生き残るには、一度勝つだけでは不十分で、常に他人より抜きんでていなければならなかったからである。誰もが終わりのない競争を強いられて、殺気立っていた。

大人たちの不機嫌は、子供たちにも伝染した。

大人になって他人より上に立つためには、当然子供のころから上に立っていなければならないのであった。

子供たちは、大人たちの真似をして、お互いに足の引っ張り合いをしていた。何か他人と違ったところのある子どもに対しては、非難と拒絶が雨霰の如く注がれた。クラスの中で不幸にもスケープゴートにされた子供が受ける仕打ちの過酷さは、想像を絶していた。

誰もが、暗い時代の中で、人々の暗い影を見ていた。誰かが口を開けば、噂話が始まった。

テレビでは、起きている間中、未来に関する悲観的な予測をキャスターが沈鬱そうな顔で語っているか、すべてを忘れさせるために、タレントが下品な声で大笑いしていた。

うるさかった。ものすごく、うるさかった。

 

そんなとき、本を読んでいる間だけ、自分の周りがすっと静かになるような感覚を得ることができた。

本を読んでいる間は、私は隣の席の子供よりも数学のテストの点数が悪いのを、恥じなくてよかった。

本を読んでいる間は、昨日まで仲良くしていたクラスメイトの悪口で盛り上がっている人の姿は見えなくなった。

本を読んでいる間は、誰も私に「戦え」とも、「勝て」とも言わなかった。

 

そのころから、私にとっては、本のある場所が自分の居場所だ。

 

人間の日常というものは、決して美しいことばかりで出来上がっているのではない。

むしろ、生活する、ということは、様々な雑音、ゴミ、汚れを身に着けていくことなのではないかと思うことすらある。

それは決して悪いことではないと思う。ゴミと思っていたものが、後から宝に転ずるということは、ままあることだ。

しかし、それでも時々、静寂と清明さがたまらなく懐かしくなるときがある。

そんなとき、私はコーヒーを入れて、本を開く。

自分の周りにこびりついた騒音や汚れを一旦洗い流して、心を新しくするために。

 

本を読むことで得られるものは、視点の複数性だと思う。

自分の生活の範囲外にあるものは、意識しないとなかなか思考の中に入ってきてくれない。

普段の生活の中で、悲観的な物事ばかりが目に入ると、自分の周囲の世界を構成するものが、すべて悪いもののように感じてしまうことは少なくない。

しかし、読書により「今、ここ」から自分の支点を動かしてみることによって、物事に対する向き合い方が変わったり、今起きていることに対して冷静な考えを持つことができるようになったりすることもある。

自分の中に複数の視点を持っておくことは、周囲の雑音を払いのけ、その中から本当に必要なものを聞き分けることにつながる。

自分の中に、常に静寂に満ちたスポットを保っておくこと、それが、私が社会の中で毎日を生きていくために、必要なことなのだと思う。

 

新型コロナウィルス感染症が世界中に蔓延する今日、ウィルスや、これからの社会に関する様々なうわさが、これでもかというくらい世界中に吹き荒れている。

誰もが、自分が生き残るために必死だ。買い占め行動はなくならない。多くの人々が、急速にそれまでの生活を失いつつある。感染症に対して上手な対策を見いだせない政治に対する人々の怒りの声はおさまらない。世界中が、不安と悲観のモードに彩られている。

 

私たちには、満ち溢れる嘆きと怒声に飲み込まれない時間が必要だ。

ほんとうは、あなたとはひびうたで出会いたい。お互いにテーブルを囲んで、コーヒーを片手に、胸の内に抱えた不安と悲しみを、こころゆくまで語り合いたい。

しかし、今回の騒動には人のいのちがかかっている。大切な人のいのちを危険にさらす行動を、軽率にみなさんにお勧めするわけにはいかない。

代わりに、私は、あなたに居場所を届けたい。

それは、あなたがあなたを脅かす物音から距離をとれる時間、あなたがあなたのままでいて、誰にも咎められることのない時間だ。

コーヒーをいれて、本を開こう。

その時間が、あなたの不安を落ち着かせて、いつか訪れる騒動の終息の日に向けて希望を抱かせてくれることを、今は祈ることしかできない。

 

ひびうたスタッフ 村田(イモコ)

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コメント: 2
  • #1

    タカ (月曜日, 06 4月 2020 17:10)

    趣味という言い方をしますが、自分(だけ)の世界を持っている方は、とても魅力的だと思っています。
    自分の場合、それはパンクロックだったり、二次元だったり、はたまた車いじりだったりします。
    どんな形でも「世界」がある方は、その中では競争もなく、損得もなく、勝ち負けもありません。とても素敵なことです。理想と言えるかもしれません。
    イモコさんにとってはその「世界」が本だったんですね。
    魅力的で素敵な世界をお持ちですね。

    現在はしばらくお邪魔できてませんが、また伺った際には、魅力的で素敵な世界をお持ちのイモコさんと、またたくさんお話したいと思ってます。

  • #2

    イモコ (水曜日, 08 4月 2020 11:36)

    タカさん、コメントありがとうございます。
    いつでも自分の中に「世界=安全基地」を保っていくことが、不安の渦巻く世の中で生きていくうえで、大事なことだと思っています。
    またお会いしてお話できる日を、楽しみにしています。

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